元2025 4月 日本
・クラゾセンタン使用241例中、114例(47.3%)で重篤な体液貯留が報告されていた。・発症の中央値は投与開始から3日であり、約89%が1週間以内に発症していた。・70歳以上の高齢者ではこの副作用のリスクが約2.4倍に跳ね上がり、ファスジル塩酸塩との併用でさらに約2倍のリスク増加が認められた。・また、身長160cm未満、体重50kg未満の患者にもやや高い傾向がみられた。
クラゾセンタン使用促進の背景と利権構造の調査
背景:日本と韓国のみでクラゾセンタンが使用される異例の状況
クラゾセンタン(一般名clazosentan)は本来、くも膜下出血後の脳血管攣縮(vasospasm)を予防する新薬ですが、2022年に日本で世界初承認され、現在まで承認国は日本と韓国のみという特殊な状況にあります。
一方、世界標準ではニモジピン(nimodipine)という安価なカルシウム拮抗薬が古くから遅発性脳虚血(DCI)予防の標準治療として使われてきました。しかし日本ではニモジピンが未承認であり、代替としてオザグレルナトリウム+ファスジル塩酸塩併用など独自の治療が行われてきました。
クラゾセンタン登場以前、日本国内には「安価で有効な薬が存在するのに使えない」という構造的問題がありました。 この背景から、2022年のクラゾセンタン承認以降は高価なクラゾセンタン(1瓶約8万円)を使うほかない状況になり、ニモジピン(数百円)の100倍以上の薬価差が生じています。 この状況に利権や特定の意思が働いた可能性を検証するため、以下の観点で過去10年の動向を徹底調査しました。
1. 製薬企業による承認プロセスへの影響
クラゾセンタンはスイスのアクテリオン社で創製されたエンドセリン受容体拮抗薬です。 欧米では大規模第III相試験(CONSCIOUS-2/3など)で有効性の検証が試みられましたが、臨床転帰の改善効果は限定的とされ承認には至りませんでした。しかし、日本では同種薬(ニモジピン)が未承認という明確なアンメットメディカルニーズがあったため、アクテリオン日本法人(後にヤンセンファーマへ継承)が2010年代に日本人対象の第III相試験を独自に開始しました。 承認申請時点でも「クラゾセンタンは他国で未承認」とされ、日本が世界に先駆けて承認審査を行ったのです。
承認プロセスにおいて、製薬企業の影響が疑われる点として「政策当局への働きかけ(ロビー活動)」が挙げられます。 国際的にも新薬承認の裏で企業ロビーが行われることは知られており、クラゾセンタンについても行政や審議会への積極的な説明・要望があった可能性があります。 例えば、日本での第III相試験には東北大学の富永悌二教授ら多数の国内専門家が参画し、製薬企業(当時アクテリオン→イドルシア)が研究費提供や治験主導を行っています。 承認直後のイドルシア社プレスリリースでは富永教授が「本薬は世界初の画期的新薬であり、多くの患者の人生を変え得る」と絶賛するコメントを寄せ、イドルシア日本法人社長も関係者への謝辞を述べています。 これらは企業とキーパーソン医師が一体となって承認を推進したことを示唆しています。 また、クラゾセンタンは日本で「画期性」を強調され、PMDAの審査も円滑に進んだ様子が窺えます。 結果、2022年1月20日にPMDA承認を取得(商品名ピヴラッツ®)し、世界に先駆けて日本で発売開始となりました。
時期 | 出来事 | 利権構造・影響のポイント |
---|---|---|
1989年 | ニモジピン(商品名ニモトップ)米国で承認 | 日本では企業が申請せず未承認。企業の怠慢による未承認例として指摘。 |
2015年頃 | 日本のSAH標準治療:オザグレルNa+ファスジル併用 | ニモジピン未承認の穴埋め。ガイドライン2015でもnimodipineは「海外では有効報告あるが本邦未承認」と記載。 |
2017年 | アクテリオン社、J&J社に買収される | 開発中のクラゾセンタンは新会社イドルシア社へ承継。日本開発計画も継続。 |
2018~2020年 | 日本人対象クラゾセンタン第III相試験実施 | 国内主要施設で治験。富永悌二(東北大)ら多数の日本人医師が治験責任者。企業(イドルシア)が資金・プロトコル提供。 |
2022年1月 | クラゾセンタン世界初承認(PMDA) | 未承認薬要望などを経ず企業主導治験で迅速承認。他国承認例なしの中で日本が先行。 |
2022年4月 | 薬価収載:150mg×1瓶 ¥80,596 | 類似薬なしのため原価計算方式。当初有用性加算(5%)申請も企業コスト開示不十分で加算ゼロ。結果、高額薬価に。 |
2022年8月 | 韓国でクラゾセンタン承認 | 日本に続き韓国でも承認。アジアでのみ利用可能な状態に。 |
2023年3月 | 『脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕』発刊 | クラゾセンタンを推奨度B(エビデンス中等度)で掲載。発売から1年でガイドライン入りし、使用推奨が明文化。 |
2023年9月 | 中医協で費用対効果評価(コスト効用分析) | 企業提出の増分費用効果比(ICER)約125万円/QALYと報告。閾値内として薬価据え置き決定。 |
2. ガイドライン改訂への業界からの影響・不自然な推移
日本では脳卒中学会や脳神経外科学会のガイドラインが治療方針に大きな影響を持ちます。クラゾセンタン登場以前の2015年版ガイドラインでは、海外でのニモジピン効果に言及しつつも「本邦未承認」であるため推奨に含められませんでした。代わりに髄液ドレナージやファスジル投与が標準予防策とされていました。しかし2022年にクラゾセンタンが承認されると状況が一変します。わずか1年後に改訂された『脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕』では、クラゾセンタンが「くも膜下出血術後の脳血管攣縮予防治療」として推奨度Bに格上げされました。エビデンスレベルも中等度とされています。 この素早いガイドライン追記には業界からの働きかけがあった可能性があります。 ガイドライン作成委員にはクラゾセンタン治験の主要研究者や関連学会の有力者が含まれており、彼らの多くが製薬企業から講演料・研究費を受けた利益相反(COI)関係にあります。 例えば東北大の富永医師は治験主任研究者であり、他にも兵庫医大の吉村紳一医師などが治験・市販後調査に関与し、執筆者に名を連ねています。 実際、ガイドライン改訂と前後してイドルシア社が「クラゾセンタンが日本の治療ガイドラインに掲載された」と投資家向け資料で言及し、今後さらなる使用拡大を見込むとしています。 しかし、ガイドライン上の推奨度Bは「中程度のエビデンス」に基づくものですが、発売時点で日本人患者における十分な追跡データはまだ限られていました。 ガイドライン掲載当時も「日本人でのエビデンス蓄積は十分とは言い難い」という解説が付され、エビデンスよりも「新薬が入手可能になった事実」を重視した形跡があります。 このような不自然な推移(既存の安価な有効薬を差し置いて高価新薬が推奨される)の背景には、学会と企業の密接な関係性が影響した可能性があります。
3. 薬価設定・承認に関する行政(中医協・PMDA・厚労省)の動向
クラゾセンタンの薬価設定過程を調べると、中央社会保険医療協議会(中医協)で特例的な扱いが見られます。 クラゾセンタンは類似薬効品が国内になく、薬価算定方式は「原価計算方式」が適用されました。 当初、臨床上の有用性を評価して有用性加算(II)A=5%が認められるはずでしたが、企業側の原価情報開示度が50%未満だったため加算係数0とされ、結果的に加算なしで価格決定となりました。 これは2022年度薬価制度改定で導入された新ルールの初適用例でした。 最終収載価格は150mg製剤1瓶あたり80,596円(約8万円)と高額です。 一連の薬価算定資料からは、企業が十分なコスト情報を開示しなかったことが示唆され、適正価格検証が難航した様子がうかがえます。 発売後、厚労省はクラゾセンタンを費用対効果評価の試行的プロセスに付しました。 2023年5月の中医協費用対効果評価専門組織では、企業提出の解析によれば増分費用効果比(ICER)は約125万円/QALYとの試算が示されました。 これは国内基準(1QALYあたり~500万円)を大きく下回り、コストパフォーマンス良好と判断されています。 9月の中医協総会ではこの結果を踏まえ薬価据え置きが承認されました。 なお、発売直後から市場拡大再算定の対象規模(ピーク時売上高予測138億円)に達すると見込まれていましたが、 費用対効果評価区分H1(市場規模100億円以上)に分類されつつも価格調整は行われなかった状況です。 また、厚労省の未承認薬検討会などの議事録を調べた結果、ニモジピンに関する公式議事録では、企業側が「国内開発の意思なし」と表明した記録が散見され、従来企業がニモジピン承認に消極的であった一方、クラゾセンタンには積極姿勢を示したことが読み取れます。 厚労省やPMDA自体が特定企業を優遇した直接の証拠は公には出ていないものの、 結果的に日本市場でのみ新薬が独占的地位を得て高薬価収載された事実は否めません。
4. 医師・学会・研究グループと製薬企業の利益相反(COI)
クラゾセンタン推進に関与した医師や学会と企業との関係も調査しました。 まず、クラゾセンタンの治験・市販後調査には全国の主要脳神経外科施設が参加し、その代表者らは企業との契約関係にあります。 例えば、市販直後に実施された「特定使用成績調査」の中間報告論文では、筆頭著者はネクセラファーマ社(イドルシア日本法人の事業承継先)の契約社員であり、他の共著者も大半が同社社員です。 学術寄稿の形を取っていますが、実質は企業主導の報告であり、作成にあたって同社から資金提供と医療ライターの支援を受けています。 また、ガイドライン執筆陣のCOI開示を見ると、クラゾセンタン製造販売元からの講演料・研究費の受領を開示している者が複数存在します。 ガイドライン改訂委員には、日本脳卒中学会・日本脳神経外科学会の要職者が含まれており、例えば 富永悌二(東北大)、飯原弘二(九州大)、吉村紳一(兵庫医大)などが、クラゾセンタン関連の研究・発表に携わり企業との接点が指摘されています。 さらに、日本脳卒中学会と製薬企業の関係を見ると、学会主催の講演会やセミナーにおいて、イドルシア社(ネクセラ社)が協賛し、専門医向けにクラゾセンタンの有用性を啓発する機会が持たれてきました。 これらは、企業が専門家ネットワークを通じて市場醸成を図った典型例といえます。 利益相反が疑われる具体例として、ガイドライン改訂前年の学会シンポジウムで「SAH治療のニューフロンティア」と題した特別企画が組まれ、クラゾセンタン登場が大きく取り上げられました。 学会誌編集後記では「世界に先駆けて本邦で使用可能となったクラゾセンタンの登場は病態解明のよい足がかり」とポジティブに評価され、執筆者がクラゾセンタン治験に関与した研究者である場合、その意見には中立性よりも関与者バイアスがかかる可能性があります。 以上のように、医師・学会サイドと企業の蜜月が見られ、クラゾセンタン推奨の裏付けデータ生成から臨床普及まで、一貫して企業スポンサーシップと利益相反関係が存在していました。
5. 告発・調査報道・国会質疑など一次情報の存在
この件に関する内部告発や国会質疑を調査した範囲では、大々的なスキャンダルとして報じられた例は見当たりませんでした。 くも膜下出血治療という専門領域の問題であるため、一般の関心や国会での追及対象にはなりにくかったと考えられます。 しかし、医療ジャーナリズムの分野では断片的に問題提起がなされています。 一例として、医師で作家の李啓充氏は2005年の著書で「ニモトップ(ニモジピン)が日本で認可されなかったのは企業の怠慢によるもので、日本の患者は恩恵を受けられなかった」と告発しています。 李氏は週刊医学界新聞の連載でもニモジピン未承認問題を取り上げ、市場原理が医療にもたらす弊害の典型例と論じました。 このような指摘は、間接的に、ニモジピンを導入せずに新薬に置き換えた利権構造を示唆するものです。 また最近では、脳卒中経験者のブログにてクラゾセンタンとニモジピンの価格差や承認状況の不可解さが指摘され、AIに「医療利権の観点からの説明」を求める試みも紹介されています。 そのAIの回答では「安価な既存薬をあえて未承認のままにして高価新薬に独占させる市場操作」「行政と企業の密接な関係による新薬優遇」といった構造が指摘され、まさに本件の問題を言い当てるものでした。 また、業界紙の報道では「国内でニモジピンが使えない矛盾」が度々取り上げられ、過去に日本企業が認知症治療への転用を狙って開発を試み失敗した経緯や、どの企業も脳血管攣縮予防用途で申請しなかったため、厚労省の未承認薬要望リストに長年掲載されながら実現しなかったとの指摘もあります。 このような背景を知る専門家の間では、「日本でクラゾセンタンが選ばれるのは制度と市場の歪みによるもの」との声もあります。
考察:誰が「クラゾセンタンを使わざるを得ない状況」を作り出したのか
以上の調査から、クラゾセンタンを巡る一連の流れには複数の主体の思惑が複合的に絡んでいることが浮かび上がります。 単一の黒幕というより、産官学それぞれの利害が一致した結果として、日本だけで高価な新薬が標準治療化する事態が現出しました。
製薬企業(アクテリオン→イドルシア→ネクセラ): 日本市場における巨額の収益機会を見出し、治験投資と行政折衝を積極的に展開。例として国内第III相試験主導、世界初承認取得が挙げられ、ガイドライン掲載により市場独占を事実上確立。
規制当局・制度: ニモジピン未承認のまま放置した過去が結果的に新薬を後押し。例としてPMDAが日本人データのみで承認したことなどが挙げられ、薬価制度上も競合不在ゆえ高値算定を許容。
医療者コミュニティ(専門医・学会): 新薬開発に関与しエビデンス構築に協力する一方、企業支援を受け講演や論文で普及促進。例として治験責任医師らがガイドライン執筆を行い、「最新の承認薬を使うのが最善」という同調圧力が形成され、現場でも採用が進んだ。
このように「官」は制度的不作為、「産」は市場操作、「学」は権威付けを通じて、それぞれの立場でクラゾセンタンの独占的地位確立に寄与したと言えます。 特に製薬企業の戦略的主導が大きく、「市場性と利益率の低い安価薬より、高価新薬を選好する」という企業論理が全体の方向性を決定付けました。
結論として、クラゾセンタンを「使わざるを得ない」状況を作り出した主導的存在は、製薬企業とそれを受け入れた医療制度・専門家集団の利害共同体と言えます。 つまり、特定の個人というより、製薬企業(クラゾセンタン製造販売元)を中心に、行政の新薬優遇策と専門家の協力体制が絡み合った構造がこの状況を生んだ主因です。 その結果、患者と医療保険財政は本来利用可能であったはずの安価薬を使えず、高額薬のコスト負担を強いられるという歪みが生じています。 この構造的問題は、医療の公正さという観点から今後検証・是正が求められるでしょう。
Sources:
Idorsia社プレスリリース(2022年1月20日)
『診療と新薬』誌掲載のクラゾセンタン使用成績調査論文(2024年)
中央社会保険医療協議会 議事録・薬価算定資料(2022~2023年)
李啓充『市場原理が医療を亡ぼす』および週刊医学界新聞(2005年)
日本脳卒中学会『脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕』および関連文献
投資家向け資料(Sosei/ネクセラ社, 2023年)