担当の療法士が休みのため、臨時にその日だけ担当してもらったたぶん60代の爺さん療法士。
ちょっと愛想の悪そうな、体格がよい 筋肉モリモリのひと。
どんなにすごい力でマッサージされるのか、と緊張した。
リハビリルームにはその人専用のマッサージ台が設置してあって、 そこへ横向きに寝るよう指示された。
しかし何分経ってもどこかをマッサージする様子がない。
しばらく注意して感覚を研ぎ澄ますと、 どうやらその手を私の尾てい骨の辺りにモゾモゾと這わせているのを感じた。
10分以上 延々とそんなことをやっている。
私も根気の長い方だけれど、好奇心を抑えられなくなって 思いっきって尋ねてみた。
『いまどんなマッサージをされているのですか?』と。
だいたい次のような返答内容であった。
・人間の関節にはすこしばかりアソビがあって、 ・そのアソビが無くなると動きに支障をきたすようになる。 ・特に腰の先端の方の関節には全身のその種のひずみというかズレが集中しやすくなるから ・その関節をほんの少しばかり動かして調節している。
そんな内容だった。(よくわからなかった)
きっと仕事したくないんだろうな…時間稼ぎかな…
あぁ参ったな…と思った。
さらに10分位 そのさするだけのような よわーいインチキ臭いマッサージを続けた後、 台の上に座るように言われた。
『両手をバンザイできるかい?』
と訊かれた。
その頃には大分腕も動くようになっていたけれど、 左腕を肩よりより上に上げようとすると背中の筋(すじ)がひきつって 痛くて上がらなかった。
『痛くてこれ以上あがりません』と言うと、
『どれどれ』と言いながら右手を私の左肩の上に軽く乗せて ほんの数秒間 何かを探るように指を動かしていた。
そして
『もう一度バンザイしてみて』というので、
おなじだろ、と思いながら
『バンザーイ』ってやってみると、左腕が天井に向かってまっすぐに 突き刺さるように垂直に 上にあがったのである。
肩はまったく痛くない。
思わず歓声も上げてしまった。
興奮して、『いったいなにをやったんですか?』と尋ねると、
なにかとても嬉しそうに、ニコニコしながら、
『ちょっとね』とか言っていた。
その日は興奮して、リハビリが終わった後、何度もバンザイをしてみた。
するとそのうち肩が再び痛くなってきて、 以前と同じ状態に戻ってしまった。
後日、もう一度だけ同じ理学療法士に同じ施術を受ける機会があったのだが、 その効果はおよそ半日しか持たないことに気がついた。
でも短い間とはいえ、中国の気功師のようなその演出に大いに感動することができた。
いつもの療法士にその話をすると、どうやらその病院には、 指一本で患者の脊髄と会話をすることのできる重鎮も居る、とのことであった。
脳卒中リハビリって 超能力の世界と紙一重の とても興味深い分野である、と感じた経験であった。